◆治したかったら治そうとしないこと

◆水谷謹人(みやざき中央新聞)

医者でも学者でもないのに45年以上にわたって脳の研究をしてきた男がいる。
(株)サンリ前社長・西田文郎、67歳。

西田先生率いるメンタルコーチの指導によって、それまで地区予選を勝ち抜けなかった高校の野球部が甲子園の 常連校となったり、プロのスポーツ選手が輝かしい成績を上げたり、オリンピックでメダルを獲った選手も少なくない。

「スポーツ選手だけでなく、受験生を東大に合格させるとか、会社の売上げを2倍3倍にするなんてことは簡単です」と西田先生はよく講演で話している。 「なぜなら人間のすべての行動も思考も脳がやっているから。そして自分が正しいと思っていることの99%は脳の錯覚です」というのである。

 すなわち、「自分は運がいい」「わが社は景気がいい」「素敵な伴侶に巡り会えて幸せ」というのは実は脳の錯覚で、 逆に「自分は運が悪い」「今不景気だ」「いい出会いがない」と嘆くのも脳の錯覚なのだという。

 前者を「肯定的錯覚」、後者を「否定的錯覚」と言い、メンタルコーチは、その人の思考や自己イメージを肯定的に 錯覚させて、その内側に潜む力、潜在能力を引き出していくのだ。

西田先生の話を聞いてから、自分も脳を錯覚させてみようと試みたことがある。 風邪を引き始めた時、「安静にしよう」と寝込むのではなく、真冬に水行をしたり、あえて北風の中をウォーキングして、 「自分は健康だ」と脳を錯覚させてみたのだ。

 過去二回試みたが、二回とも悪化することなく、回復に向かった。 そんなわけで「病は気から」ということは実感しているが、まさか「腰痛」までそれが応用できるとは驚いた。

伊藤かよこ著『人生を変える幸せの腰痛学校』の表紙に、「世界初、読んで治す腰痛改善のための物語」とあった。

「読むだけで腰痛が治るはずはない」と誰もが思うに違いない。 実はこの本、よくある健康本ではなく小説である。登場する6人は長年腰痛に苦しんできた人たち。

 その6人がひょんなことから、ある整形外科医が主催する週1・全8回の「慢性腰痛改善プログラム」に参加することになった。 6人はプログラムの初回、医師から「腰痛は治したいと思えば思うほど治りにくくなります。治したかったら治そうとしないことです」と言われ唖然とする。

「じゃあ、何をするプログラムなんですか?」と質問すると、「いい気分になるための練習です。 安心、リラックス、楽しい、ワクワク、笑い、感謝といったいい気分をたくさん感じましょう」と言う医師の言葉に6人はさらに懐疑的になる。

 プログラムの2週目は、「ハッピー&ニュー」という、初回に出した宿題の発表から始まった。 この1週間でいい気分になった話と何か新しいことに挑戦した話を1人ずつ発表した。

 3週目は、痛みと意識の関係を学んだ。痛い時はつい痛みに意識が向かう。 痛みは危険を知らせる情報だから、それはそれでいいのだが、そこに不安や恐怖や焦りの感情が加わると脳がパニックを起こして痛みを増幅させるのだという。

 痛い時は痛みに意識を集中させないで、テレビを観る、音楽を聴く、ケーキを食べる、 エッチなことを考える等々、何でもいいから他の行動をして、意識を拡散させるのがいいそうだ。

そんなこんなで半信半疑ながらも6人の脳は徐々に肯定的錯覚をしていく。 健康本だと左脳で読んで知識を得ようとするが、小説なので場面場面を想像してしまう。

つまり右脳で読むのだ。するとだんだん「その気」になっていく。

「その気になる」とは、腰痛が治っていく登場人物の意識と読み手の意識がいつの間にか同期して、 こっちまで肯定的錯覚の脳になっていくのである。

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